ミルトスの木かげで

旧はちことぼぼるの日記

God Bless you!!

まことのいのちを得るために…
……so that they may TAKE HOLD OF THE LIFE THAT IS TRULY LIFE.
(第一テモテ6章18節 写真はミルトスの花)

高校生SG

 CC08では、今年いくつかの新しい試みがあったが、その一つが高校生のスモールグループ(SG)。去年までは、高校生のグループはつくらずに(人数が少なかったのでつくれなかった)、若い大人のSGに入ってもらっていたが、今年は4人の高校生(うちの次女は、厳密にはまだだけど)がいたので、この4人でグループにしてみた。そしてグループリーダーには、黒田摂総主事。黒田主事は若い人の扱いもとても上手なので、高校生SGのリーダーにはぴったりだった。大笑いして楽しむ時には楽しみ、ディープな話をして突っ込む時には突っ込み… (夜中にカップヌードル食べてたし!)
 今回の高校生グループは、二人が牧師子弟で、うちの二人もコテコテのクリスチャンファミリー出身と、みんな生まれた時から福音世界に浸かっているような若者たち。(ちなみに黒田主事も、講師の榊原先生も牧師子弟…)
 あとから黒田主事と話していて彼女が言っていたのは、4人とも心底神様を愛し、親を尊敬し、何がなすべき正しいことで何がそうでないかはよくわかっている。そして実際、まっすぐ育っている。しかし内面では、やはりある種の葛藤を抱えている…
 それを聞いて、私は、「ああ、やっぱり」と思った。ある意味、当然のことなのかもしれない。幼少時から神様のことを教えられ、素直にそれを受け入れてきたし、そのおかげで、同年代の子たちが経験するような痛みや罪の多くは避けることができたかもしれないけれど、それでもどうしても避けられないものがある。それは「自分」。聖書が、「すべての人は罪を犯しており…」と語っている、「自我」の部分。クリスチャンホームで、どんなにまっすぐに育てられてきたとしても、だからといってその子の中での人間の罪深い性質そのものがなくなるわけではない。遅かれ早かれ、どうしてもその部分には直面しないといけない。真の救いは、そこからやってくるのだから… ヤコブが神様と格闘しなくてはならかったように、子供たちも自ら直接神様と格闘し、もものつがいを打たれるという経験を通らないといけないのだ。そしてそんな時、親はただ黙って、祈りつつ見守るしかないのかもしれない。これまで、親としてできる限りのことはしてきたし、これからもできる限りのことをしていくつもりだけれど、それでも親にできることには限界がある。何より、親には子供を救うことはできないのだ。子供たちを救うことができるのは、唯一イエス様だけなのだから。ある意味、親としてとてもへりくだらされる。SGでのバイブルスタディは、放蕩息子の箇所だったそうだ。神様は、この若者たち一人一人に、何を語ってくださったのだろうか…
 牧師家庭とか、うちみたいにクリスチャンの出入りが多い家庭だと、つい親も、子供たちに「それらしく」あってもらうことを願ってしまうし、たとえ親はそれを願わないとしても、子供が素直ないい子であればあるほど、親の立場のようなものを自分なりに察知して、自ら「それらしく」あろうとしてしまうこともあるだろう。それでも、自分の心の奥底には、「それらしく」ないものが厳然と存在していることに気づく時、おそらく自分が偽善者のように思えたり、いろいろな葛藤を感じてしまうのかもしれない。私はそれが不健全だとは思わない。信仰や人格の成長のプロセスにおいて、通るべき当然の道筋なのだと思う。当事者にとっては苦しいだろうし、見守る親にとっても辛いけれど、これもまた神様のご計画の一部なのだと、納得できる。天の善い御父がいてくださるから、最終的にはきっと大丈夫だと思える。

 その昔、グリコか何かのポスターで、転んでひざをすりむいて泣いている5歳くらいの子供がいて、その下に「ゆっくり大人になりなさい」とあったのを思い出す。あせってはいけない。あせらせてはいけない。神様が導かれる成長のプロセスは、そのひとつひとつに重要な意味があるはず。一歩一歩、飛ばすことなく、ゆっくり踏みしめていって欲しい。

 最終日の集会の時、高校生の男の子二人が並んで立って、手を上げて主を讃美し礼拝している様子を、私は部屋の反対側から見ていた。(娘たちはチャイルドケアの奉仕をしていて、その時はいなかった。)彼らの真摯な信仰が、その姿からにじみ出ていた。この若者たちが、これからもますます主にあって練られ成長させられ、御国のために用いられる者とされますようにと、心から祈らされた。

(ちなみに、私がここに書いたことは、高校生SGの中で実際に分かち合われたこととは一切関係ありません。というか、私は何が分かち合われたのか知らない…  グループ内で分かち合われたことを外で話さないというのがSGの鉄則で、この記事も、それに抵触するものではありません。)
 

ホーム日記ミルトスの木かげで(最新)