ミルトスの木かげで

旧はちことぼぼるの日記

God Bless you!!

まことのいのちを得るために…
……so that they may TAKE HOLD OF THE LIFE THAT IS TRULY LIFE.
(第一テモテ6章18節 写真はミルトスの花)

長女が生まれた日

 20年前の今日、夜中の零時20分、NJ州プリンストンにある町の病院で、我が家の長女は生まれた。二日前の晩から陣痛が始まり、前日、4月3日の朝には7分間隔で規則的な陣痛が来ていたため、病院に連絡すると、今すぐ来るようにと言われた。しかしその日の朝、大学の心理学科のオフィスから、「あなたにサインしてほしい書類があるので、来てください」というメールが届いていたので、病院に行く途中で陣痛をこらえつつオフィスに寄ると、指導教官の先生に見つかり、「何をやっているんだ! 早く病院に行きなさい! サインくらい、私が代わりにしておくから! GO!!」と叱られた。
 その日は快晴で、暖かい日だった。
 病院につくと、窓のない個室に案内された。ナースに「陣痛が促進されるように、その辺を歩き回ってきていいですよ」と言われたので、夫と新生児室のあたりを歩き回った。
 午前中は調子良く陣痛がきていたものの、午後になると、すっかり勢いが衰えてしまった。3時頃だったか、夫となごやかに会話をしているところにドクターが入ってきて、「どうしてそんなにおしゃべりできるの?」と驚かれた。本来なら陣痛でおしゃべりどころではないはずだ、と。そこで、まず人工破水。それで多少痛みが強まったものの、まだ足りない。次に陣痛促進剤の投入。それで遠のいていた陣痛も、再び調子良く(?)やってくるようになったが、まだ呼吸法で楽にしのげる程度だった。数時間後に様子を見に来たドクターが、「まだ元気ねぇ。もう少し強くしましょう」と促進剤の量を増やした。すると、それまで楽にしのげていた陣痛がガンガンくるようになった。
 夫に背中をさすってもらいながら、痛みにのたうちまわっていると(とはいえ、モニターやら点滴やらいろいろついていたので、すでにベッドから起き上がれない状態になっていたが)、今度は鎮静剤が点滴に加えられた。すると、陣痛と陣痛の合間には、吸い込まれるように眠りに落ち、一番痛みの強いときだけフッと目が覚めて、呼吸法を十数秒行なってピークをしのぎ、再び眠りに落ちる…という状態になった。
 時間の感覚はすっかりなくなっていたけれど、夜になっていたと思う。私は朝から食事ができないのは当然だけれど、付き添っている夫も食事ができないのは可哀想。夫のおやつ用にレーズンパンとバナナを持ってきていたので、陣痛で苦しむ私の隣でそれを食べてもらった。ちょうどいい具合に熟していたバナナだったので、陣痛室がバナナの香りで充満し、次にナースが入ってきたとき、変な顔をされた。(笑)
 初産なので、とにかく時間がかかる。私は寝たり起きたり、ヒッヒ、ハッハと忙しいけれど、付き添っている夫にとっては、十数時間もヒマだろう。申し訳ないと思い、陣痛の合間に、息もとぎれとぎれに「計算していいよ。紙と鉛筆がバッグに入っているから」と夫に言った。きっと使うだろうと思って入れておいたのだ。夫は素直にバッグから紙と鉛筆を取り出し、計算を始める。大掛かりなシミュレーションの計算は当然スーパーコンピュータがやるけれど、夫は自分で図を書きながら手で計算するのが好きな人なのだ。ダイレクトメールの封筒の裏、レストランの紙ナプキンやストローの紙、紙コップ、リビングに置いてあるティッシュの箱… いつでもどこでも、手当たり次第に紙を見つけては、計算を始める。時々、計算と一緒に、誰かの似顔絵を描いていることもある。
 しかし、夜もふけてきて、陣痛が絶え間なく襲うようになり、さすがに鎮静剤の力を借りても寝ていられなくなってくると、夫も計算を止めて私の背中を必死になってさすってくれた。彼も相当疲れただろうと思うが、文句一つ言わず、ずっとさすってくれていた。
 そのうち、下腹に力が入り、いきみたい衝動に駆られるようになってきた。思わず息を止めて力を入れると、「まだダメ!いきまないで!」とナースに叱られる。「呼吸法でしのいで!」 陣痛室の壁にかかっていた時計をフォーカルポイントにして、それをにらみつけながら、必死になって呼吸法。そのうちようやくナースから「いきんでいいわよ!」と声がかかる。
 「1、2、3、プーーーーシュッ! もう一度。1、2、3、プーーーーーシュッ!」
 必死で力を入れるものの、赤ん坊の頭が見えてきたところでひっかかって、それ以上出てこない。時間はどんどん過ぎる。そうこうしているうちに、羊水が緑色に濁ってきた。そのあたりのことは私はあまり覚えていないのだけれど、夫に言わすと、モニターを見つめるドクターやナースたちの間には緊迫した雰囲気が漂っていたらしい。鉗子を使おうとしても、頭がピッタリ子宮口にくっついていて、入れることができない。吸引機で頭にサクションカップをつけて引っ張ろうとしても、赤ん坊の髪の毛のせいでうまくカップが頭に吸い付かない。私も疲れ果て、なかなか力を込めていきめなくなってきた。もうこのまま、一生赤ちゃんに会えないのではないかとさえ思った。
 「頑張って! 赤ちゃんも頑張っているのよ!」ナースやドクターたちが励ましてくれる。死にものぐるいで頑張るしかない。
 ドクターがサクションカップをつけて引っ張るのに合わせて、私も力いっぱいいきんだ。そのとき、ついに引っかかっていたものが外れた感覚がして、楽になった。「頭が出たわよ!次は肩!」ドクターが叫ぶ。ナースの指示に従いながらもう少しいきむと、赤ん坊がついに出てきた。
 「It's a girl!」ドクターはそう叫ぶと、赤ん坊を私に見せてくれることもなく、赤ん坊を連れて部屋の外へ走っていった。日付が代わり、夜中の12時20分だった。
 精根尽き果てるとはまさにこのこと。感動も何もよく分からないままにグッタリしている私にナースたちが「よく頑張ったわね!」と声をかけてくれる。「赤ちゃんは?」尋ねる私に「ちょっと待ってて」とナース。廊下の向こうから、掃除機をかけるような爆音が聞こえてくる。その後間もなく、「オギャー」という赤ちゃんの泣き声。「泣いた! 良かった!」付き添ってくれていたナースたちが喜びの声をあげる。それを聞いて初めて、そうか、産声がなかったんだ、と気づいた。
 しばらくすると、きれいに洗ってもらい、おくるみにくるまれ、小さなキャップをかぶった赤ちゃんが運ばれてきた。「あなたの赤ちゃんよ。可愛い女の子ね」
 初めて会ったときのエミの顔を、私は忘れない。ついさっきまで息もしていなかったくせに、まるで何事もなかったかのように目を開け、あたりの様子を伺うかのような表情をしていた。

 あれから20年… 長いようで、短かった。20年の間で、親が子どもにしてあげられることはいくらでもあるだろうに、私はろくなことをしてあげられなかったように思う。正直言って、後悔することの方が多いかもしれない。それにもかかわらず、主の憐れみは、私たちを支え続けてくださった。主の絶えざる御臨在と、要所要所での確かなご介入がなければ、私たちは今頃、どうなっていただろう…
 3、4週間ほど前だったか、エミとスカイプで話していたとき、彼女が3歳くらいのときに、私が言った言葉が彼女を傷つけた、という話題になった。彼女は私を責めるためにそういうことを言い出したのでなく、私と彼女の関係を取り扱うような、何か深い会話をしている最中のことだった。
「これを言ったら、お母さん悲しくなっちゃうかもしれないよ」
「かまわないよ。教えて。お母さん、あなたに謝りたいから」
「うん、じゃあ… 私が3歳くらいのときにね、………」
「お母さん、そんなひどいことをあなたに言ったの? 本当にひどかったね。(涙)ごめんね。ごめんね。お母さんは本当に未熟な母親だった。赦してくれる?」
「もちろん赦すよ! もうとっくに赦しているよ! 私はお母さんの初めての子どもだったから、お母さんもまだ若くて、母親として未熟だったのはしょうがないよ。お母さんもだんだんに成長させられて、私もだんだんに成長させられて、そういうものなんだよね。今の私たちの関係が、こんなに祝福されたものであることを、私はすごく感謝してる。I love you, mommy!」
 二人とも泣きながら、スカイプごしに、エアハグをした。それから、エレミヤ29:11やローマ8:28、そして折り紙の折り跡のたとえなどをシェアして、人生いろんなことがあるけど、何一つ無駄はなく、神様がすべてを益として、私たちを形作っていってくださるのだね、感謝なことだね、と二人で語り合った。
 親も子も、それぞれに山あり谷ありの道のりを生きている。親がいろいろあるように、子どももいろいろあるのだから、子どもの成長ぶりを見て一喜一憂していると、親は振り回されてしまう。子どもを導き、究極的に育ててくださっているのは善い御父であることを覚え、主のご計画と御業に信頼し、委ねるしかない。天の御父が地上の親である私に求めておられるのは、何らかの「結果」を出すことではなく、主が教えてくださっていること、導いてくださっていることに、忠実であること。忠実に応答すること。そんなことも、最近になってようやく気づいたのだけれど…

 いろいろな人間関係の中で、もしかすると親子というのはいちばん、赦し合い、赦され合うことを必要としている関係なのかもしれない。いや、赦し合うというよりも、人間の成長過程の中で、「親を赦す」というプロセスは、何らかの形で必要になってくるものなのかもしれない。そして、親である私は、日々赦されなくては生きていかれない者であることを、再び思わされている。十字架の赦しと復活を仰ぐことなしには、一日たりとて生きていかれない者であることを、思わされている。

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