ミルトスの木かげで

旧はちことぼぼるの日記

God Bless you!!

まことのいのちを得るために…
……so that they may TAKE HOLD OF THE LIFE THAT IS TRULY LIFE.
(第一テモテ6章18節 写真はミルトスの花)

祝福の土曜日(お餅!)

 土曜日に拙宅でもたれたシカゴJCFN恒例餅食いパーティー及びCC08第一回準備委員会はとても祝福された。

 昼頃からまず準備委員の面々が到着し、お昼を食べてからミーティング。4時くらいからお餅パーティー組も続々到着し、参加は多分史上最高(?)大人40人、高校生3人、子供&幼児12人、総勢55人! よく狭い我が家に入りました。今回はさすがに、「今日は初めて中村家の家が狭いと感じる」とか「司会者、マイクが必要だね」なんていう声も聞かれた。(笑)
 皆、本当にいろいろ手伝ってくれて、私は事前の準備を少しと当日お雑煮をつくるだけで、本当に助かりました。お餅丸め部隊のデトロイトのYさん、シカゴ大学のMさん(ぼぼるパパの同僚)、そして仮面ライダーの変身ベルトが眩しかったまささん、どうもありがとう! キッチンワークの指揮をとってくださった、Wさん御夫妻、どうもありがとう! 集会の総合司会をしてくれたY&Eちゃん、どうもありがとう!
 いつもは、どなたかスピーカーに来ていただいて短いお話をしていただくのだけれど、今回は証大会と称して、何名かの方々に証をしていただいた。暮れにカリフォルニアでもたれたイクイッパーカンファレンスの証、夏にガーナに短期宣教に行った時の証、シカゴに越してきた当初に与えられた御言葉「聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい」に導かれ、この15年を通してみせていただいた主の変わらぬ真実の証(byぼぼるパパ)、二年半の留学を終え、一回りも二回りも成長させていただき、新たなビジョンと召命を確認させられもうすぐ帰国しますという証(by Yokoちゃん)…
 集会の間も私はもっぱらキッチンにいたのだけれど、その私のところにも個別にやって来て、ECで受けた恵みを分かち合ってくれた姉妹たちもいて、それを聞いて私はものすごく励まされた。ああ、この姉妹たち一人一人の今後の歩みに上に、主の豊かな祝福と導きがさらにありますように!(もちろん兄弟たちの歩みの上にも!)
 人が主によって変えられ、成長させられていく様子を目の前で見せていただくことほど嬉しいことはない。このシカゴの地で、その恵みに与っていることに心から感謝。もちろん、イベントによって人が変えられるわけではない。年に数回のイベントの合間には、それぞれの地でのスモールグループや地域教会での歩みがある。なにより、日々の主イエスさまとの歩みがある。こういったイベントは、普段は一同に会する機会のない人たちが集まって、それぞれの立ち位置の確認をし、それぞれ通らされているところ、教えられていることを分かち合い、励まし合い、共に祈り合うための機会。
  
 今回は結婚一周年を迎えるJCFNのO主事夫妻も参加され、会がはけたあと、少しゆっくり交わることができ(うちに泊まっていかれたので)、それも祝福だった。結婚して一年ということもあり、主に仕えていく思いと決意にはなんの変わりもないけれど、具体的な生活は変化をしていく。その中で、ぼぼるパパの証にとても励まされたと分かち合ってくれた。(ぼぼるパパは、この15年、子供が増えるなどいろいろな変化がありながらも、私たちが主にあって行なっていることは根本的には変わっていないことに気づかされた、主は昨日も今日もいつまでも同じであり、このお方に従う私たちの歩みもその意味ではいつまでも変わらないのだ、というようなことを証した。)彼女がそう分かち合ってくれたのを聞き、今度は私に新たな気づきが与えられ、二人で「神の賜物と召命とは変わることがありません」という御言葉を噛みしめた。O主事と話すと、彼女の主に対する堅いコミットメントに、いつもとても励まされる。

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(私信:かきごおり先生、なぜかこの写真には写っていませんが、T石さん御家族もいらっしゃいましたよ!)

 余談になるが、実はお餅パーティーの前は、連日の睡眠不足がたたって、私はかなり疲れていた。前日の晩も、キッチンの片づけも終わらないまま、どうにもスタミナが持続しなくなり、私は夜8時過ぎには寝てしまっていた。ところが、やり残したことを片づけようと土曜日の朝起き出してくると、何とキッチンがピカピカに片付いている。エミとみんが、私が寝ている間にやっておいてくれたらしい。涙が出た。こういうミニストリーは、私が一人で頑張ってもできない。家族の理解と協力が不可欠。夫はもちろん協力してくれるけれど、ティーンになった娘たちの協力と理解は、私には大いに励みとなり、また力となる。お客さんが泊まるための部屋は今回はみんの部屋を使わせてもらったが、みんは一言も不平を言わず、快く片づけて、自分はエミの部屋に寝袋で寝てくれた。
 子供たちは、親がただの社交パーティーとしてこういうことをしているのではないことをよくわかっている。たくさんの食べ物があり、笑いがあり、歓談があるけれど、同時にそこには多くの真摯な祈りがあり、賛美があり、御言葉が語られ、主の御名が崇められていることも知っている。これが、子供たちに対しても証になっていることを願う。

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