ミルトスの木かげで

旧はちことぼぼるの日記

God Bless you!!

まことのいのちを得るために…
……so that they may TAKE HOLD OF THE LIFE THAT IS TRULY LIFE.
(第一テモテ6章18節 写真はミルトスの花)

Battle Hymn of the Tiger Motherを読んで

 先日もちょっと言及した、今アメリカで話題沸騰中のBattle Hymn of the Tiger Mother(追記:邦題は『タイガー・マザー』)を昨日読了したので、ちょこっと感想を書いてみる。(ネタばれありかもです。)
 これは、中国系アメリカ人でイエール大学法学院教授のエイミー・チュア氏(寅年生まれ、48歳)による、二人の娘の子育て回想録。ちなみに、夫はユダヤ系アメリカ人で、同じくイエール大学法学院教授。

 この母親の子育て法というのが、(1)放課後や週末は子供を友達と遊ばせない、(2)お泊り会に行かせない、(3)ゲームやテレビは禁止、(4)学校の演劇に参加させない、(5)課外活動や習い事を、自分で決めさせない、(6)楽器はピアノかバイオリンでないとダメ、そして(7)体育と演劇以外のすべての教科で1番の成績を取らないといけない、などといった自称「中国式」の超スパルタ教育。
 そして、本人の説明を聞くと、いっそう驚かされる。バイオリンやピアノの練習時間は、一日3時間以上が当たり前、親の希望どおりにうまく弾けないと、食事も水も与えず、トイレにもいかせず、何時間でも練習させる。反抗すれば、子供の気持ちにおかまいなくひどい罵声を浴びせ、親に口答えをすれば「あなたはクズだ!」と言い放つ。家族でバケーションに出かけるときでも、出先で必ず練習させる。バイオリンは持っていけるからいいけれど、ピアノは、ピアノのあるホテルのパーティー用の部屋やレストランを数時間借りて、そこで練習させる。はるばる海外旅行に行ったときでさえも、練習をしてからでないと観光には行かない。嫌がる娘たちを強制してさまざまなオーディションを受けさせる…
 これだけ練習させただけあって、長女ソフィアは13歳のときにジュニアの演奏コンクールで優勝し、カーネギーホールでリサイタルを開いている。バイオリン奏者の次女ルイーザ(ルル)も、10歳のときに強制的に受験させられたジュリアード音楽院の大学前プログラムには落ちたものの、そのときの試験官の一人だった有名なバイオリン教師に見初められ、ニューヨークの彼女のスタジオでレッスンを受けることになる。

 この本は、発売直前にウォールストリートジャーナル(WSJ)紙に、"Why Chinese Mothers Are Superior(なぜ中国人の母親は優秀なのか)という記事で抜粋が紹介された。それを読んだときは、チュア氏の極端なやり方にぎょっとする反面、彼女の西洋式子育て批判には一理も二理もあって、チュア氏よ、よくぞ言ってくれた、という思いもした。

 チュア氏は「中国式」と「西洋式」の子育て、という言い方をしていたけれど、実際にはどちらのやり方にもいろいろあって、一概には言えないと思う。この本は、あくまでもチュア氏の育った背景から出てきた彼女独特のやり方に関する回想録であって、「中国式」子育てを説明するものでなければ、英才教育の模範として見るべきものでもないのは明らか。(上海在住のジャーナリストの中国人女性が、「こんなの中国式ではない!」と反論している記事もあった。)

 チュア氏の回想録の前に関連記事をいろいろ読んだ私は、彼女のやり方は極端すぎるものの、今のアメリカの子育ての弱点をよく突いていて(自尊心とは子供をおだてることで育つのではなく、子供が努力して、できなかったことができるようになったという体験を積み重ねることで育つものである、など… このあたりはタイム誌の記事を参照)、学べることも多いのではないかと、わりと好意的な思いをもって本書を読み始めた。

 前半は、彼女の過激な書きっぷり(とてもイエール法学院教授とは思えない論理の破綻もあったり…)は、娯楽読み物として読者を楽しませるための、彼女の芸風に違いない!と思いながら読んでいた。また、表面では「私の中国式のやり方がいちばん!」と豪語しつつ、実は自分を意図的にコケにして、ここまで支えてくれた家族に感謝と愛情を示しているのではないか、だとしたら泣かせるじゃないか、とさえ思った。

 しかし… 私はこの本を読んで、「あっぱれ、タイガー・マザー!」と言えることを期待していたのだけれど、最後まで読んでみて、残念ながらちょっとそうは思えなかった。

 長女は上の子にありがちな優等生タイプで、内心不満があってもあからさまには反抗せず、たとえ嫌々ながらでも、最終的には親を喜ばせるようなことをする。一方次女は、大変気が強く、幼いころから母親に抵抗し続ける。それでも幼いうちは、母と喧嘩をしても、嵐が過ぎればすぐに仲直りしていた。しかし13歳になってからはそうはいかず、反抗は激化していった… ネタばれになるので、反抗のクライマックスについては書かないけれど、娘の全身全霊を込めた反抗に対する母親の反応に、私は唖然としてしまった。これでは、どっちが大人なのかわからない…

 チュア氏は、子供の気持ちにはおかまいなしに、母親の判断こそ子供にとっての最善だと信じて、夫に反対されようとも、それを見た実家の親に咎められようとも、自分のやり方を通してきた。自分では、「私は子供たちのためにこれだけの犠牲を払ってきた」と思っているのだろうし、確かにその通りなのだろう。私にはとうてい真似できないような、多大な時間をつぎ込んでいるのは事実。そしてその結果、娘たちは数多くの輝かしい成績をあげてきたし、それは娘たちの満足と自信にもつながっている(努力したのは本人なのだから、当然のこと)。しかし、それだけが、親が子供に与えてあげられる「最善」なのだろうか。チュア氏は、まるで賢いけれど我がままな子供のように、いつだって我を通してきた。その中で、家族に赦され、かばわれ、受け入れてもらいながらここまで来たのだと思う。娘たちの心を守るために、夫やおばあちゃんたちが、どれだけフォローしてくれたであろうことか、考えたことはないのだろうか。

 ソフィアは、母親を弁護するような、感謝をあらわした母親宛のオープンレターを公開している。彼女は幼い頃から、母親に不満を覚えつつも、長女のサガか、母親をかばい、喜ばせ続けてきたらしいことが本から読み取れる。ソフィアのオープンレターも、その延長に過ぎないように感じられて、何だか切なくなった。
 せめて大学は、母親から遠く離れたところに行って、母親の影に支配されることなく、母親を喜ばせたり面倒みたりすることを心配することなく、自由にのびのびと自分の人生を生きてほしいものだと、つくづく思った。(追記:進学先はハーバード大学だそうです。)
 次女ルルは、激しい反抗の末、ついに母親に「バイオリンを辞めてもいい」と言わせることに成功した。しかし、オーケストラは辞めたものの、バイオリンそのものは本人の希望で続けている。そして、今の彼女はテニスに打ち込み、自分の意志でガンガン練習し、中学生ながらも高校生のリーグで活躍している。それについてもチュア氏は、ルルの素晴らしいwork ethicsは自分が仕込んだからだ、というようなことを匂わせているが、「お母さん、子供が努力して自分で成し遂げたことについて、いちいち親の手柄であるかのように言うのはもうやめて!」と言いたい。

 チュア氏のお嬢さんたちは現在まだ18歳と15歳。そもそもチュア氏が子育てのメモワールを書くには時期尚早だったのではないだろうか。彼女たちは、今まだ成長過程、人格形成過程の最中にある。現時点でこのようなものを出版されたりして、それが今後のお子さんたちの成長にとって、精神的な足かせにならなければよいのだがと案じてしまう。

 チュア氏は、「私は『幸せな人生』というものがよくわからない」、というような、自分の欠けを認めるような発言をところどころでしている。子供に反抗され、その反抗がまっとうなものであることを心のどこかで認めつつも、自分のやり方は実は最善ではないのかもしれないという思いがよぎりつつも、自分のやり方を変えられずにいるその姿には、胸が痛んだ。ある種の依存症のようですらある。(結局、次女の大反抗がチュア氏のブレイクスルーになり、この回想録を書くに至ったのだが、本人が言うほどには根本的な部分は変わっていないように思われるのが残念。人はそんなに簡単に変われるものではないだろうから、仕方がないのだろうが…)
 また、ルルの反抗のクライマックスと相前後し、チュア氏の実の妹さんが白血病になって生死の境をさまよう体験をしたことも綴られている。愛する妹が闘病している姿に、満ち足りた人生、豊かな人生を生きるとはどういうことかと、著者が少し考え始めている様子も伺われるが、十分な思いめぐらしには至っていなかったのも残念。子育てにしても、人生観にしても、大切な問題を題材にしているメモワールなのだから、思いつきでパッと書いたもの(本の大半は、数ヶ月で書き上げたと著者は言っている)を、すぐに出版してしまうのでなく、もう少し寝かせて、さらなる深い内省も加えていれば、もっと読者の心に届く本になったのではないかと思う。

 それにしても、チュア氏のような弱さや強情さは、子育てにかかわらず、生活全般で私の中にもあるだろうと思った。そして、私には、そんな弱さや愚かさにもかかわらず、愛と忍耐をもって導いてくださるお方がいることに、心から感謝した。

Battle Hymn of the Tiger Mother

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