藤掛先生の記事
ふじかけ先生が、先日コメント欄でおっしゃっていたRevival Japanの記事が、オンラインで読めるようになったそうです。こちらから。
- 被災地から離れて住む者として「日常」と「非日常」のバランスを保つ 聖学院大学大学院准教授・臨床心理士 藤掛 明
日常と非日常のバランス、神の奇跡的な介入と、無力な人として小さな努力を積み重ねていくことの両方の大切さ、節目をつくること… どれも本当にそのとおりだなぁと思う。先日あめんどうのオブさんともツイッターでちょっと話していたのだけれど、仏教の法事の儀式(初七日、四九日、一周忌など)は、本来は「亡くなられた方に対する追善供養」のための儀式らしいけれど、実際には、段階を追って残された人のグリーフプロセスを促すための節目、節目を提供していると思う。しかもそれが個人レベルではなく家族、親戚、友人といったコミュニティーとしてなされるので、なお効果的なのかもしれない。
私の中で、先日の高校での募金イベントと千羽鶴折りは、結構大きなものだった。イベントも無事に終わったし、今週千羽鶴を送り出したら、それを私の中の一つの節目としようと思っている。もちろん、この災害のことや被災者を忘れてしまうという意味ではなく、私の今後の支援活動は、日常の中に組み込まれた生活の一部として行なえるようなものにシフトしていく、ということ。たとえば、CRASHの翻訳ボランティアなどだ。翻訳ボランティアのコーディネーターさんからは、今まで翻訳していたのは氷山の一角で、これからまだ怒濤のように翻訳するものがでてきます!と言われている。翻訳するものは、被災地に赴くボランティアのためのマニュアルだったり、報告書だったり、プレス向けの文書だったり。翻訳チームに27人いるらしいので、無理のない範囲内で、この支援活動を続けていきたいと思っている。
近所の日本人の奥さんと3人で折った1550羽の折り鶴
(ちなみにこの折り鶴は、全国から集められたら、フジムラ・マコトさんらNYのアーティストが、アート作品に仕上げてくださるそうです。)
ついでに… フジムラ・マコトさんがFour Holy Gospelの展示会でシカゴに来られたときのブログ記事。
- クリスチャン新聞のマコトさんに関する記事。「無力さの中にもある『感性』」
追記:ふじかけ先生が、ご自身のブログで逆にこちらの記事を紹介してくださった。こちら。
その中で、本ブログについて次のように書いてくださっていて、何だかとても嬉しかった。嬉しいお言葉だったので、メモ。
ブログでは、母としての日常がしっかり描かれるのだが、温かい啓発性というのか、元気が出る情報力というのか、不思議なオーラのあるブログを運営されている。