ミルトスの木かげで

旧はちことぼぼるの日記

God Bless you!!

まことのいのちを得るために…
……so that they may TAKE HOLD OF THE LIFE THAT IS TRULY LIFE.
(第一テモテ6章18節 写真はミルトスの花)

Happy New Year!

 新年明けましておめでとうございます。旧年中は、皆様とお交わりいただき、本当にありがとうございました。このブログ(以前はウェブ日記と呼ばれていた)も、始めてから今年の春で14年になります。こんなに長く続けてこれたのも、皆様とのお交わりや励ましのおかげです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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 毎年、ブログトップに年末や新年に与えられた御言葉を掲げるのだけれど、今年は上記のものを掲げるのに、ちょっと抵抗があった。抵抗というより、緊張したというか。でも、この一年の自分へのリマインダーとするために、思い切って掲げてみた。主は、今年は私にどのような訓練を用意されておられるのでしょうか。いくつか、自分の弱いところを自覚している箇所があるので、そこを鍛えられるのかもしれない。
 私の弱点の一つと自覚のある箇所に関する訓練については、ささやかなことながらすでに始まっている。一つの例だけれど、その訓練とは、私の心にしばしば浮かぶある特定の思い(ある状況になると、リアクトして浮かんでくる思い)を、それが浮かぶたびに意識的に「ちょっと待った」をかけ、それを主の前に祈りをもって差し出し、その件に関して御言葉でいただいているお約束を、もう一度主の前に告白すること。「we take captive every thought to make it obedient to Christ.(すべての思いを捕まえて、キリストに服従させる)」(第二コリント10:5)の実践というのかな。そうやって、私の中にすでにでき上がってしまっている好ましくない反応パターンを、リワイヤリングする(配線し直す)。
 鎌野直人先生が、年末のブログ記事の中で、「霊性とは、神の霊によって如何にからだを動かすか、である」とおっしゃっていたのだけれど、先生の言葉をお借りするなら、「神の霊によってからだを動かすための訓練」が、今年の私の目標と言えるのかな。(このときの鎌野先生とのやり取りからも、大きな示唆をいただいたのでした。)

 ダラス・ウィラードは、霊的形成がなされていくための「型」として、VIMというものを提唱している。VIMとは、Vision(ヴィジョン), Intention(意図), Method(手段)のこと。(『心の刷新を求めて』をお持ちの方は、5章、145ページあたりからをご参照ください。)このVIMも、鎌野先生のおっしゃる「霊性とは、神の霊によって如何にからだを動かすか、である」と関連するのではないかと思ったり…

 ともあれ、2012年が始まりました。主にあって、期待をもって進みます!

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